2008/11/19

[木鐸]   拝啓、古森オサマ義久さま:マケインは「ジョン・シドニー・マケイン3世」と書いてください

at 08:31JST

オバマ当選の明と暗を展望する | 企業・経営 | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20081118/113326/
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/88/

米国の第44代大統領に民主党のバラク・フセイン・オバマ氏が当選してから早くも2週間

 

えーと。まだこのオッサン、こんな保育園児なみの印象操作してるの? たまに「サヨク」に「礼儀がない」とかホザいてる立場なら、仮にも一国の大統領に対して失礼と思わないのかね。

で、対立候補のジョン・マケイン氏は正式には

ジョン・シドニー・マケイン3世

ですので。ぜひそのようにお書きください。


2008/11/13

[木鐸]   「非正規雇用者の父」の二つ名をもつ奥田碩

at 09:00JST

Wikipediaで「奥田碩」を読んでたら、誰だよこんなこと書いたの--; トヨタの出稿取り消されちゃうぜー。

奥田碩 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E7%94%B0%E7%A2%A9

奥田 碩(おくだ ひろし、1932年12月29日- )は、日本の実業家。『世界経済のドン』『売国奴』『非正規雇用者の父』『老害』と呼ばれる。

かっこいいな、そりゃ。「疾風の老害」とか「神速のパート解雇人」とか、そういうのでもいいと思いますが。

差分を見るとこのあたりか。でかした(11/12)。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%A5%E7%94%B0%E7%A2%A9&diff=22862840&oldid=22862745

もちろんここらへんのからみでの揶揄ですな。

asahi.com(朝日新聞社):トヨタ奥田氏「厚労省たたきは異常。マスコミに報復も」 - 社会
http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY200811120346.html

マスコミに報復してやろうか=厚労行革懇の会合で−奥田座長(時事通信) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081112-00000198-jij-pol

Googleで検索してもWikipedia自身と2chしかヒットしないので、まだあまり気づかれてないのか。

"非正規雇用者の父" - Google 検索
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&safe=off&q=%22%E9%9D%9E%E6%AD%A3%E8%A6%8F%E9%9B%87%E7%94%A8%E8%80%85%E3%81%AE%E7%88%B6%22&lr=lang_ja

履歴を見ると生きてるのに没年書かれたり、いろいろあるみたいね。


2008/06/19

[木鐸]   ゴーオンジャーの「ロケットダガー」の名前が変わってる…

at 09:34JST

秋葉原の例の事件でにわかに槍玉にあげられはじめた「ダガー」。実は、日曜朝7:30から放映されている「炎神戦隊ゴーオンジャー」にも影響を与えちゃってるみたい。

新キャラの「ゴーオンウイングス」という戦士たちが登場したのだけれど、その武器の名前がなんと「ロケットダガー」。しかも、ロケットダガー初登場は秋葉原通り魔事件のあったあの日。

また叩かれるのかな…と思って見守っていたのだが、番組公式サイトなどでは改名の動きはなかった。

ゴーオンウイングスの説明ページ(テレビ朝日|炎神戦隊ゴーオンジャー)
http://www.tv-asahi.co.jp/go-on/contents/go-on/gold.html

しかし、Amazonのほうでロケットダガーのページをチェックしていたら、昨日あたりから名称が変わった…。

「ロケットブースター」。まじか。

こりゃ番組中でも公式サイトでもじきに変更になるな。

個人的にはこれを言葉狩りだとかなんとかあげつらう気は毛頭ないです。ヘンな色のついちゃった単語ほど、フィクションを壊すものはないので。作り手が「なかったこと」にしたければしたほうがよいでしょう。


2008/02/13

[木鐸]   「Web時代」は「考えない時代」

at 23:15JST
「しないことリスト」で考えてほしいこと - My Life Between Silicon Valley and Japan
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080212/p1
松本の「しないことリスト」は零点。そういう読者にとって、何の参考にもならない。一方、川本の「しないことリスト」はかなり点数が高いと思う。こちらから学ぶべきだ。
なぜか。
松本の(3)(4)は「独り言」のようなものなので除くとして、(1)(2)(5)(6)のすべてにおいて、判断基準が曖昧だからである。


モッチーはあいかわらずだ。

これが「PVを100倍アップするホームページの書き方」とかいうエントリの抜粋だったら問題ないのだけれど、「Webが世界を変える」と主張する人物がライフスタイルについて述べた一文だとすると話は違う。

判断のモノサシを読者にあずけるのはけしからん。とにかく
「なんでも断定的に決めてくれるウィジャ盤が正しい」
と言ってるんだから手に負えない。

どうやら梅田氏の叫ぶ「Web時代」とは「考えない時代」のことらしい。

川本氏が「相手が誰だろうと宴席に出席しない」と決めているのだとすれば、それは彼女の家庭事情に強化されたものだろうというのは想像に難くない。つまり、松本氏の「苦手な人とは食事しない」と質的にはなにも変わらないのだ。

まあ、そもそもこんな生き方指南を他人に求める人々や、特集するアソシエもケーハクなんだけれど。それはそれで人間は弱いものだし、雑誌は売らんかなじゃないとやっていけないのだからしかたないだろう。でも、それをさらに消費して空虚な論説をまき散らすのはどうかね。

2008/01/07

[木鐸]   なんで新書って寝言しか書いてないの?

at 08:03JST
明らかに民族保守(バカ右翼)の自慰本なので目次しか見なかったのだが、こんなアホなたわごとが書いてあったのか。

一度も植民地になったことがない日本 - mizuno_takaakiの日記
http://d.hatena.ne.jp/mizuno_takaaki/20071223/1198390518
なぜ「南蛮人」は「蛮」という時が入ってしまっているのか、という考察もおもしろい。ヨーロッパ人は風呂に入らなかったので、当時から清潔だった日本人にはやたらと野蛮に見えたんじゃないか、という。イエズス会では、日本に布教に行くときには風呂に入れ、というお達しが出てたらしい


バカですか。

南蛮は中国由来のことばで南方の異民族を指すことばだろう。日本に到達する際に、当時貿易が盛んだった南方からやってきたために当時の内地の人々にとっては「南方の人間」というイメージがあって転用されただけ。さげすむ意のある「蛮」の字を入れたのは中国人で、北狄だの匈奴・鮮卑だのと同様だ。こんなの中学校で習うだろ。デュランれい子は義務教育受けてないのか?

あとヨーロッパに風呂の風習がないというのは、「そろばんは日本固有の文化」と主張するのと同レベルだよ。

読むに値する本って、ほんと少ないな。特に最近の新書は読むだけ人生の貴重な時間を無駄にさせるものが多い。国家の品格とか。

2007/12/17

[木鐸]   紙屋がんばれ

at 22:04JST
NHKスペシャル「ワーキングプアIII 解決への道」の感想
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor5.html

安倍政権のくびきを逃れたNHKが満を持して放映した「ワーキングプアIII」。その、紙屋研究所による感想文。力入ってる。

正直、現状のグロテスクさには“参る”のひとことなのだけれど、紙屋氏の文章にはそんな絶望の中にも希望を感じさせる力があると思う。ぼくのマルキシズム、コミュニズムへのシンパシーが一因だとは言え、しかし彼のような人が一文ものすことができる社会には、まだ救いがあるのかもしれないと思えて。

つーことなので、彼の著書を応援アフィリエイト(苦笑)。

2007/11/01

[木鐸]   猪瀬直樹はもうダメだなあ…

at 00:32JST
小泉政権時代にちょっと気に入ってたのは、なんかぼくも熱にうなされてたとしか言いようがない。ごめんなさい。

東京都副都知事になって以来、彼がメディアで繰り返す発言はあらかた
「公職にありながら市井の評論家と同レベルの責任感で、
 自分の主張の都合の悪い部分を隠しながら宣伝する」
ものばかり。読む価値が微塵もない。

都営地下鉄と東京メトロの一元化を改めて考える - ビジネススタイル - nikkei BPnet
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/inose/071030_14th/
先日の都営大江戸線の停電についてマスコミの報道におかしなものが交じっていた。「効率を追求するあまり安全性をおろそかにしている」といった、パターン化された報道が眼に付いた。


いや、「おろそかにしている」ってそのとおりでしょう。
コスト削減は、常に利便性や安全性・耐久力などとバーターになるのだから。パターン化も何も真実でしかない(パターン化というのは彼の主張のようなものを指すのではないか)。

大江戸線やつくばエクスプレスを見ていると、それをまざまざと感じるよ。

メトロと都営線の一元化についてはなにをかいはんやだ。イチ民間会社が、なにを好きこのんで不良路線を買い取らなくちゃならないんだ。まず
「なぜ儲からないのか」
「もっと健全化するためにはなにをすべきか」
を考えるのがスジだろう。安易に「合従連衡すればつじつまがあう」などというのは、効率性を追求する民営化路線に明らかに逆行している。

感覚的な話をすれば、都営線が儲からないのはイメージの悪さと商才のなさのせいもあると思うよ。

大江戸線以外の路線や車両が、全体的にあまりきれいじゃない。ちょっとした“リフォーム”で印象ががらりと変わるのに。駅が汚いと当然沿線のイメージも悪くなるから、利用率も下がる。

いわゆる「駅なか」の活用も不十分。まあ、きちんとしたモールを作るのは無理としても(東京駅の「グランスタ」みたいなのは明らかにムリ)、改札周辺のちょっとしたスペースやホームの活用率が明らかに低い。使いたい企業はいくらでもあるのだから、積極的に営業してテナント料を稼げばいい。

素人考えの細かいことだけどさ。

単体で儲けようという姿勢がなきゃ買収させるのも当然ムリだよ。そりゃ資本主義のイロハだ。

2007/09/20

[木鐸]   「みんなで踊ってる人間」はホントの格差に鈍くなるんじゃねえの?

at 22:50JST
まあ、「ホントの格差」がなんなのかなんて、マジメに考えてないんだけど。CGMコミュニティの当事者になったからといって「勝ち組」になれるわけじゃないって。

らばQ : 情報格差──これから始まろうとしている本当の格差社会
http://labaq.com/archives/50776529.html

すごいよなー。ここまで「マスコミ陰謀論」「Web 2.0礼賛」に染まってる文章は久しぶりに読んだ。そのテの宗教に走った人も「最近はちょっとは醒めてきたんじゃないか」と思ってたんだけど、勘違いだったか。2ちゃんねる=総会屋説を書き立てて失笑を喰らいつつ、こんどは反マスコミに立って延命に走ったなんとかいう人を見るときと同じような気持ちがわく。

なんだかんだいって、この文章でいちばんバカげている点は、
マスメディアだけでは踊らされるだけ

というあまりにも手あかの付きすぎた陳腐な一文に尽きる。CGMだのなんだのを盲目的にもてはやしている連中は、
「みんなと一緒になって踊っている」
に過ぎない。主体が見えにくいとはいえ、やっぱり踊らされているという点では旧来の情報消費形態となんの違いもない。

だいたい
ユーザーが作るコンテンツ、という意味でCGM…
…少し頭のいい人は、これを聞くと「そんなの衆愚になるに決まってる」と言います。実際そういう面もありますが、実際に動いてるサービスを見てみると、これが案外いい結果を出してくれるのです。思うよりも「みんな」という存在は悪くない事がわかります。

って…。

「なんたらをなんたらするn個の方法」
とか
「うんたらで成功するm個のテクニック」
とかいう記事ばっかり並ぶはてぶのホットエントリが「いい結果」だなんて、誰が評価してるんだ? それこそ
「みんなが言っているから“いい結果”に違いない」
って思ってるだけでしょ。そういうのを「踊らされている(一緒になって踊っている)」と言わずになんと言おう。それを「衆愚」などという安易なことばでまとめたくはないが、あれが価値のある情報か? 少なくともぼくにとっては価値はまったくない(たまにこういう反吐が出そうな文章に触れる機会をくれるくらい)。人が増えれば増えるほどアンテナとしての性能は落ちていってるのを感じる。規模の大きくなりすぎたCGMは毒にも薬にもならない上澄みをすくって見せるだけだ。ただ、上澄みは飲み過ぎると腹を壊す。ああ、毒か。

10分程度の動画の場合、ユーチューブのサイト上の動画すべてを調べるのにかかる時間は十数秒程度。サーバーを増強すればさらに高速になるという…
…これに対し、高負荷ウェブサービスである2ちゃんねるを長年運営しているひろゆき氏は、自身のブログでこう書いています…
…この程度のことは、ひろゆき氏でなくても情報技術にちょっと詳しい人間ならすぐ気付きます。しかし、日経新聞の記者は気付かず記事にしてしまったわけです

これも、ひろゆきの言うことを丸ごと鵜呑みにしているおめでたい人間がいまだにいるということを今はじめて知った…。まさに踊らされている事例を見た気分だ。天漢日乗の事例に至ってはなにをかいはんや。「女性は身体性を取り戻せ」とか言うアホ保守勢力や「自宅出産」推進派の影響でかかりつけ医師をもたない妊婦が増えるのは憂うべき事態だが、マナー問題に矮小化しようとするこのサイトの議論に乗ってしまうのは、実数ベースで「給食費未納問題」を論じなかったサンケイと同じテツを踏んでしまっている。でも「みんな」はそんなこと言わないから、筆者はそんなこと自分では検証しないだろう。

こんな時代に必要なのは、ベテランの50代60代のリーダーではありません。
30代、40代の、パソコンでインターネットが使えて、高速道路に乗って圧倒的な速度で学習できるリーダーでなくては、時代には追い付けない。


「こんな時代には若いニューリーダーの力が…」
とかいうことばは聞き飽きた。このあいだそのお説にのって就任したボンボン首相がグダグダの辞任劇を演じたばかりだろ。本当の意味で経験を踏んでいれば、「新しい技術」に適応している*だけ*では組織の舵取りもイノベーションも推進していけないことを過去の事例から知っているものだ。どうやらこの文章の書き手は、そのあたりの経験がすっぽり抜け落ちているらしい。活版印刷、小説、新聞やテレビといった新しい技術が登場したときも、同じように浮き足立った人間がたくさんいたんだよ。でも、今はどう?

あれだよなー。
ナロードニキの末裔とか安保闘争期の過激派って、こういう人たちだったんだろうなー。

2007/09/10

[木鐸]   サンケイはやっぱり煽動することしか考えてないのだなあ…

at 17:45JST
この記事を読んで、
「やっぱサンケイはダメだなあ…」
と思った。

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 西武線で爆弾テロ狙う ダイナマイト並みの爆薬原料も保有
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000918-san-soci
インターネット通販などで購入した薬品で爆発物を製造、所持したとして、爆発物取締罰則違反容疑で警視庁公安部に逮捕、起訴された男が「職のある人を狙い、西武新宿線の電車内で爆弾テロを起こそうと思った」と供述していたことが、分かった。10日午前、東京地裁で開かれた初公判で検察側が冒頭陳述で明らかにした


この記事だけ読むと、
「なんてこった!
 東京でも自爆テロが!」
と思いこみそうだ。

しかし、よくよく見てみるとこれはあくまで
「検察側が
 “容疑者はこういう目的で爆発物を製造していた”
 と主張している」
だけ。しかも、西武線で「自爆テロ」を行おうとしていたという証拠は、逮捕後の容疑者の供述だけなのだ(自白・供述があれば十分だ、と思う人は文明社会にいる資格がないのでジャングルかサバンナあたりに帰ってください)。見出しの印象からすると「爆弾を腹に抱えたヤツが西武線内で逮捕された」ようにすら受け取れるけど、そんな事実はまったくない。

読売や毎日は違う見出しをつけている。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 「西武新宿線爆破計画」検察側の主張、寺沢被告が否認
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000405-yom-soci

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <爆発物>「持っていただけ」初公判で38歳被告
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000044-mai-soci

被告が
「製造して所持していただけ」
と反論していることまで述べているこちらの記事のほうがより客観的と言える。というか、検察側の主張はほとんど立証不可能なんじゃないだろうか。具体的に下見をしていたとかいう事実がなきゃ、ただ「そう思ったことがある」という妄想の域を出まい。妄想の範疇ならラッシュアワーの電車を爆破してスカッとしたいと考える人間なんて、掃いて捨てるほどいるだろう。ぼくも思うもの。

だからといって不必要な爆発物の製造・所持が許されるわけではないが。製造・所持していただけの人間を、製造・所持していた以上の罪で断罪しようとするのはいただけない。

まあ、サンケイなんてのは、貧乏人が給食費払えないだけのことで「日本が溶ける」「モラル低下」だの騒ぐし、離婚しただけの女性を「ふしだら」と糾弾するような前近代的なメディアなので。

しかしこれを鵜呑みにする人間がいかにも多いというのがやりきれない。まあ、人間は見たいものを見たいようにしか見れない生き物だからねえ。そういう生き物にはサンケイレベルがお似合いなのかもしれない。

余談:
それに、ここで挙がっているような爆発物を「TATP」とか「ANFO」とか、わざわざ新型で凶悪なもののように書き立てるのもどうかと思うのだよな。どちらもオキシドール(使うとおそろしく手間がかかるが)とか肥料の原料(極論だが)とかを元に作る、ある意味陳腐なものだ。昔の子どもが花火を分解(=違法)してたのを、現代風にスマートにした程度のことに過ぎない(=けど違法)。多少知識があれば作れる。人間は誰だってちょっと踏み外して違法なことをする可能性がある。この被告だけがとりたてて異常なわけじゃない。サンケイ的なムーブメントというのは、誰かを異常に仕立てて「自分は正常だ」と安心したい動きだから。とにかく扇情的に書きたいのだろう。

2007/07/02

[木鐸]   なんて視野の狭い労働観だ

at 16:43JST
はじめ、

NC-15 - 若者責めても何も解決しねえが?
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20070701/1183303115

から一部だけかいつまんで読んだので、なんかミツバチかハタラキアリのコミュニティの観察論かと思った。

若者はなぜうまく働けないのか? (内田樹の研究室)
http://blog.tatsuru.com/2007/06/30_1039.php
労働は本質的に集団の営みであり、努力の成果が正確に個人宛に報酬として戻されるということは起こらない。
報酬はつねに集団によって共有される。
個人的努力にたいして個人的報酬は戻されないというのが労働するということである。


おいおいおい。どういう浅い人生過ごしてくるとこんな労働観が形成されるんだよ。どうすると
「労働は集団の営みである」
なんて誤った達観ができちゃうんだ?

そりゃ
「永遠の社畜再生産機関」
として世の中をとらえれば、こういう考え方に染まっちゃうんだろうけど。ちょっと待て。俸給とりの「サラリーマン」が概念として成立したのは、日本ではおよそ大正年間。それが一般的な生き方になって*しまった*のは、戦後の高度成長期の話だからここ4, 50年の話。
「労働も報酬も巨大な集団の中で行われる」
のがあたりまえになったのは、ごく最近の短いスパンの話でしかないよ。

マルキシズムを引っ張ってくれば、産業革命後に「生産手段をもたない労働者が生まれた」ことで労働が資本家の統率する集団の中でしか成立しなくなったという見方はたしかにできるし、ぼくもそういう部分はあると思うけど、それだってここ100〜200年がいいところだろう。

それ以外の時代、そしてそういった労働者以外の生き方があることを忘れてどうする。というか、実は「それ以外の人々」はパーセンテージで見てもかなり多いんだぜ。
「自営業者」
のことだ。

ぼくの人生の多くの期間がそうだけど、自営での労働は外部から依頼されて成果物を納品するというかたちで集団外で成立しているし、その報酬のすべては(税金を除けば)ぼくにだけ還元される。個人的努力に対して報酬は個人的に還元されるよ。
(その成果物はさらに大きな集団における生産に組み入れられて使われるからやっぱり集団の外にいない…なんてメタで不毛な議論はパスな)

問題は、
「集団のなかで働くことに絶望している人々」
に対して、そういう
「個人で完結する自由な生き方がある」
ということをきちんと提案できないことにある。「若者」がうまく働けない、労働に希望を見いだせないのは、サラリーマン以外の生き方があって、べつにそれが「負け」じゃあないんだよということを社会が教えてあげてないからだ。しかもあろうことか白眼視したりする。ほんとは主流派は自営業者のはずなんだぜ?

と、てきとーに思ったことを書いておく。

2007/06/11

[木鐸]   「減っていない」自殺件数

at 15:45JST
6日ごろの報道で、
「年間の自殺者数が3万人を割った」
という話があった。厚生労働省の発表。

…体感でそんなに変わった気がしないのにね。なにをもってして“体感”としているのかと言われても困るが。閣僚すら自殺しているというのは証左になりませんか?

で、実は7日に警察庁がまとめた報告によると、
「昨年の自殺者数は32,155人」
だという。

学生・生徒の自殺過去最悪 総数9年連続3万人超
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200706070201.html
(cache)
http://megalodon.jp/?url=http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200706070201.html&date=20070611152006

えーと…どうしてそんなに差が出ますか。

もちろん、ぼくも管轄省庁によって「差が出る」こと自体はしょうがないと思う。でも、かたや3万の大台を割り、かたや3万超でほとんど変わらないというのはいかがなものか。

元データはこんな感じ。

・厚労省側
「平成18年人口動態」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai06/dl/gaikyou.pdf
平成18年 29,887人
平成17年 30,553人
 →前年比666人減
過去の推移をわかりやすくグラフにしたもの:
http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050628/p1

・警察庁側
「平成18年における自殺の概要資料」
http://www.npa.go.jp/toukei/chiiki8/20070607.pdf
平成18年 32,155人(厚労省比+2268人)
平成17年 32,552人(厚労省比+1999人)
 →前年比397人減
過去の推移をわかりやすくグラフにしたもの:
http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm

えーと。
例年2千人の差があることについては、百歩譲って見逃そう。
でも、厚労省側の対警察庁比の差が、18年になって300人ぶんも増えているわけですが。統計手法が異なっているとしても、さらに300人足きりになった理由がわからん。そしてすばらしいのは、

「+300すると、厚労省側の数字でも30,187人となり、
 3万人を切らない!」

ということだ。

参院選を目前にして、3万人以上のままと3万人以下になったのとでは大きな意味の違いがあるよね。

なんせこの国は、保育所待機児童ゼロ作戦(公約不履行のままですね)のときも
「待機児童のカウント方法を変えて、
 統計上待機児童が減ったように見せかけた」
という前科もちなので。同様の例は過去枚挙にいとまがないし。そういうなかで、厚労省の発表に恣意的なものがあったとしてもぼくは何も驚かない。

さらに、それがアベちゃんに指示された結果の作業だったとしても、もーなにも驚きません。

ただ、たまたまこの覚え書きを読んだ人に記憶にとどめておいてほしいのは、
「自殺者が多いなんてサヨクのまやかし。
 実際にはアベちゃんの努力で自殺者は減りました」
とか言うヤツがきっといるだろうけれど、そいつは自分にとって都合のいい資料を引っ張ってきているだけだということ。おまけにその資料はどうも眉唾だということ。もし、そういう主張をする人がいたら、その人の言うことは全面的に信用しないほうがいい。

忘れてはいけない。問題は、
「10年ほど前に自殺者数が突然3万人の大台に乗り、
 そしてその趨勢は変わっていない」
ということだ。雇用変動で何人か“犠牲者”が減っているのは百も承知。でも、基本的に多いという事実はやっぱり変わっていなくて、これはぼくらの社会に何かおかしなところがあるという証拠にほかならない。その「おかしなところ」はなんなのか。いったい何が起きているのか。それをまじめに見据える必要がある。

厚労省に「どうしてこういった差が出るのか」ということを問い合わせるとさらに面白いのだろうけれど、時間がもったいないので今日は見送る。


自殺関連では、ほかにもひどい「統計いじり」があったけどみんな忘れてるよね。リンクしてトラックバックしておこう。

保坂展人のどこどこ日記 残業代不払い法案の見送りと「いじめ自殺ゼロ」の検証
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/a05f26f4ea82c996b3f230fdd72136ca

2007/05/29

[木鐸]   「全国一斉街頭行動」だとさ

at 21:27JST
Yahoo!トップに自民党青年部がバナー出してる。

2007052900mage1.png


テーマは「拉致を絶対許さない」。
アホか。3人も死人出しておいて、別にやることが目の前にあるんじゃねーの? そんなに煽ってまで票が欲しいか。

街頭で具体的になにやるつもりか知らないが、どう見てもナチの劣化コピーだよ、アベちゃん。キミが総理になって、明らかに日本は狂った。

追記:
http://www.jimin.jp/jimin/info/gaitou/index.html
あー、よかった。うちの近所じゃないや。キモいもの見ずに済んだ。ペッ(本気でイヤ)。

[木鐸]   KIOSKからAUTO KIOSKへ

at 21:19JST
2007052800mage.jpg

西日暮里の、長らく休業中だったホームKIOSK。きのうみたら、なんと自販機を集中設置した
「AUTO KIOSK」
というものになっていた。

いままでのスペースに三方から大型自販機を詰め込んでいる。飲料以外に、ロボットタイプの機械で菓子パンやお菓子、また袋詰めのエロ文庫本も販売(ちなみにSuica非対応)。なかなかユニークだが、かつてのKIOSKは見るかげもない。

フクザツだー。目の前でマルクスの剰余価値理論の実物を見せられている気がする。いや、この場合はロボットなので剰余価値もクソもないか。

KIOSKスタンドの労働環境は良いとは言えないけれど、いなくなったおばちゃんの働き口はどうなったのか考えると気の毒だ。ちゃんと配置転換になったのか。それともパートで即解雇か。

あと、売れ行きが鈍っているとは言え、雑誌・新聞を置いてないのも不便。これ、首都圏全体に導入されたら、スポーツ紙や青年誌の部数が激減するぞ(最低でも3000部くらいは刷部数減るよね)。出版不況が深刻になるなあ。駅の中では売ってもらえず、外ではフリーペーパーにおされ…。

そんなことを思いつつ、自販機で菓子パンを買って食べた。自販機用に特別長持ちする粉で作ったというそれは、どことなく味気なかった…って書いたら話がキレイにオチるんだけど、そんなこと全然なくてすごくおいしかったです!オイオイ

(つまりKIOSK側にとってこれが成功するかどうかは付加価値の高い商材開発できるかにかかっているわけだ)

2007/05/25

[木鐸]   9割が非喫煙者…ってホントか??

at 18:44JST
ぼくはタバコを買うほどお金持ちだったことがない。年収二千万くらいになったら吸おうかと思っている喫煙童貞なのだが、

新社会人の9割は非喫煙者、世界禁煙デー前にJ&Jがネット調査
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/05/25/15840.html

えー…。そんな実感、まるでないぞ。
どこ行ってもみんな吸ってるような…。いつから喫煙者がマイノリティになってくれたんだ?

全国の20〜25歳の男女500人を対象に、4月27日から5月2日にかけてインターネット調査を実施した。


母数が小さいうえに、インターネット調査か…。なんかぬか喜びだ。

[木鐸]   曽野綾子には貧困を見る目はないし語る資格もない

at 00:39JST
404 Blog Not Found:書評 - 貧困の光景
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50837563.html
少なくとも「貧困とは何か」という点に関して、著者以上に場数を踏んで来た人はまずいない


バカバカしい。
日本財団のバックアップで「バターン死の行軍はなかった!」とか例によってイデオロギーに満ちたプロパガンダを繰り返しているだけの曽野綾子に、貧困を語る資格なんてあるわけがない。彼女に流れていたお金は、
ギャンブルにおぼれる貧困層→競艇事業→日本財団
と循環してきてたんだから。ある意味、貧困を食い物にしている存在でもある。

新潟の震災で「被災地支援など甘え」と自己責任を問うたおばさんの言うことを鵜呑みにしてはいけないよ。彼女はキリスト者として物申す資格なんてない。単に、ミッション系の学校によくいる年中ヒステリー起こしてるシスターみたいに、他人に身勝手な規律を強制しているだけ。こういう人間こそが「マナーだ」「人間力だ」「品格だ」と、社会に漂う相互攻撃性を煽っている。典型的かつオリジナリティのないサンプル。

忘れてはいけないのは、
「貧困を本当に語れるのは、
 いま現在貧困のただなかにある者」
だということだ。エセ論壇でぬくぬくぬるま湯につかっている人間はそれにあてはまらない。かつて貧困につかったことすらないならなおさらだ。他人の貧困の上っ面だけを見ることは、けして自分で貧困を経験したことに代替しない。何万件見ようとも! ミラーシナプスが作動しなきゃ何も感じない。

「誰々はもっと貧しいのだから、
 がまんしなさい」
という幼稚な論理をふりまわす人間は、
「隣のおばあちゃんは死んだのだから、
 あんたも早く骨壺に入りなさい」
と言われたときなんて答えるんだろう。バカじゃないの? 誰かが不幸を嘆いたら、1万光年先でもっとひどい不幸にあえいでるエイリアンを連れてくることだってやりかねない。そんなものなんの意味もない。

2007/05/23

[木鐸]   じゃあなんであなたは死んでないんだい?

at 16:07JST
長めの短刀だけ刺しておくと、

岩本隆史の日記帳 - 子供を育てる資格がないと思ったら心中するなあ
http://d.hatena.ne.jp/IwamotoTakashi/20070515/p2
私の遺伝子を受け継ぐ子供だって、生きづらいに決まっている。だからです。


子どもはあなたの遺伝子を受け継いでなんかいない。
それは科学的知識のない人の大いなる勘違い。

ぼくも人並み以上の生きづらさを抱えている自信があるが、子どもを自己同一視して勝手な妄想を繰り広げたりしない。

人間は有性生殖だから、生まれる子供の遺伝子は親とは異なる。親の遺伝子を足がかりにして現れたまったく新しい別個の個体に過ぎない。そうして生物は多様性を確保してきたわけでね。顔が似ているからといって自分だと思いこむのは、そりゃああなた、ロマンチシズムという名の妄想だよ。あるいは尊大なる自我の拡張だ。結局は子どもを「自分のモノ」扱いしているに過ぎない。赤ん坊を「ゆりかご」に預ける人間に後ろ指は指せまい?

そもそも「同じ遺伝子」の要素をもつことで
「生きづらいだろうから殺します」
というなら、ミトコンドリアイブからなる雄大な歴史の中、人類は全員あなたと同じ遺伝要素を大なり小なり含有しているわけだから、あらゆる殺人は正当化されるわけだが。そこまで見たら、けっきょく原文は「科学に裏打ちされてるつもりになっておかしなこと言ってるにすぎない」ということになる。中途半端な知識はヒトを誤らせる。

なにより、
「なぜ自分の親は自分を連れて心中しなかったのか」
ということにいちど思いをはせたほうがいい。

自分の親が子どもを抱いてさめざめと泣いたことがなかったのか。家庭を維持することで悩み絶望した瞬間がなかったのか。あったとしたら「心中すべきだった」というのがこの人の持論になるわけだが。

「なかった」と言えるのは、単に自分が他人の心を伺う想像力に欠けているだけだな。親もまた、弱い個人に過ぎない。あなたが見ていないところでは経済的なり心理的なりなんなりの理由で苦しんでいるわけで、それを「そんなことない」と無謬化して否定するのは、
「親のありがたみ」
ってやつを実は軽んじているのさ。

だが、そんな苦しみの瞬間を自分の親が通過してきたにもかかわらず、本人は実際にはおめおめと生き恥をさらしているわけで。それは矛盾だな。

2007/05/21

[木鐸]   なんでIのほうだけ目的格なんだよ

at 07:41JST
現実主義に目覚めよ、日本!(第57回)[日下公人氏]
You と Me を区別しない日本的人間関係
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/p/57/

日下ハム人だというだけでもう読むに値しないのだが、なんでYouとIじゃなくてmeなんだよ。おまえはおフランス帰りのイヤミか。デンパ妄想的に「私製日本人」の定義を垂れ流すのはいいから、ムリして英単語拾ってくるくらいなら中学生から英語やり直せと。

(distinguishの目的語だから目的格だ、だとぉ? あのなあ、美しい国・日本では英文法も日本式に変わるんだよ。The Rは「ザ・アール」と読む。The Lord of The Ringsは「ロード・オブ・ザ・リング」。そして格はぜんぶ主格に。それが空気読めてる美しい日本人なんだっ! …もう完全に酔っぱらいのくだまきですね)

2007/05/15

[木鐸]   そ、捜査?? バカじゃねーのか!

at 12:40JST
Yahoo!ニュース - 時事通信 - 赤ちゃんポストに男児=3〜4歳、運用開始当日−保護責任者遺棄で捜査・熊本
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070515-00000046-jij-soci

なに考えてんだいったい!

育てられなくてどうしようもないケースを救済するための方策なのに、利用したら保護責任者遺棄で捜査・逮捕???? 待ちかまえてる警察も腐ってる(確実に引き取られることがわかっているから本来的には遺棄で立件するには疑問がある)が、バカ正直に通報した病院側もクソだ。通報義務がどうのとか、そんな浅い覚悟しかないんだったら「こうのとりのゆりかご」なんてやめちまえ。誰も救わないゆりかごなんて、ただの飾りだ。

この病院は今すぐ「慈恵」という名を取り下げるべき。宗教家のカンバンに値しない。あらゆる宗教は日本に入ってくると変質・劣化するという指摘はよくあるが、慈恵病院はまさにキリスト者の精神をまったく理解していないごみくずだ。あえて通報しないことで逮捕者が出たらそれこそ全精力をかけて支援・応援したくなるけど、このていたらくか。

恥ずべきなのは、こんな運用ではじめた慈恵病院や、どうでもいいような案件しか捜査しない怠慢ばかりの警察だ。

そしてこのニュースを読んで、
「やはり日本人のモラルは地に堕ちた」
とか
「ダメ親が増えている」
とかいった論評をしたり顔でする連中が出てくるんだろう。どうせ自分じゃ苦労して子どもを育てたことも経済的に困窮したこともないくせに。

まあ、この子を置いた親が実際にどんな経済環境にあったかはわからない。「赤ちゃん」をうたう施設に三歳児を連れてきたことにも問題はあるだろう。でも、じゃあ、どこに相談するのが適切なのか即答できる人間はどこかにいるか? 市役所? 保健所? 高飛車なケースワーカー? 生活保護さえ水際で追い払われるのに、誰を何を信頼して相談すればいい? 相談すべき場所があると自信をもって断言できるか?

そもそも
「自分は子どもを育てるに資格のない人間かもしれない」
という危惧は、真剣に子どもと付き合っている親なら誰だってもっているわけで。ひとりで悩んでいるうちには「育てられない」という結論に至ってもぜんぜん不思議じゃない。他人にはひとの心の内を見ることはできない。「安易に使った」と安易に判断する軽い人間こそが安易だ。おまえらが子育てで疲れ切っている孤独な親をサポートするために何かしたか? せいぜい「電車の中で泣く赤ん坊をにらんでます」というのがオチだろう。その安易な視線が親子を追い詰めていることも知らずに。

そんな狭量な世界では、子どもを産むことに興味をもたない人が増えて当然だ。

人間の心には、何も佳きものは期待できない。


※追記
朝日の報道では「オッケー」なようだが。

asahi.com:赤ちゃんポストに3歳男児、保護責任者遺棄に当たらず - 社会
http://www.asahi.com/national/update/0515/SEB200705150016.html

時事の記事でニュアンスが違うのはなぜだ。バイアスかけてるのかと思いたくなる。

2007/05/14

[木鐸]   Digg炎上とオーウェルの相似形

at 00:34JST
「マーケティングマインド」ってのはけっきょく処世術かなんかなのか : ひろ式めもちょう
http://memo.hirosiki.jp/article/40652242.html

でメモったDigg炎上の件について。

「動物農場」でおなじみジョージ・オーウェルの「象を撃つ」について書いている文章を今日たまたま読んで、
「ああ、そうだよ。
 “象を撃つ”の世界なんだよな…」
とようやく思い当たった。

断片部 - ユウガタ - "Shooting an Elephant"
http://fragments.g.hatena.ne.jp/Tez/20061206/p1
この時私は悟った。白人が暴君と化すとき、彼は自らの自由を破壊するのだと。彼は、見せかけだけの、ポーズをとったかかしの一種、型にはまった旦那となってしまう。なぜなら、白人が「土民たち」を感服させようと努めながら一生を費やすことこそ、白人支配の条件であり、それゆえ重大な場面ではつねに、白人は「土民たち」の期待に応えるようにふるまわなければならないからである。彼は仮面をかぶる。すると、しだいに顔の方が仮面に合うようになってくる。私は象を撃たなければならなかった。

彼は象の頭に三発、心臓に二発の弾丸を撃ち込んだ。象は半時間ほどかけて息絶え、ビルマ人の群衆は歓声を上げた。群集は象の肉をみんなで切り分けた。こうして、南ビルマのにおける白人の威信は守られた。


おそらく、今はオーウェルなど(なぜかマルクスと同列に並べられて)顧みられない作家なのだろうが。

大西 宏のマーケティング・エッセンス:Digg創業者の勇気ある声明が事態を沈静化した
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/50309987.html

の大西氏とかは、どう思うのだろう。なんの相似も感じないのかねえ。

la_causette: 事態の沈静化ではなく問題の先送りだ
http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2007/05/post_23c5.html

小倉氏は法的な面から問題点を指摘しているが。ぼくはむしろ、この件でますます、
「Web 2.0というヌエのような思想は
 個人の自由を緩やかに奪っていくシステムである」
という危惧を強くもった。

法律は後追いで変えられてしまうものだから、実は大きな問題ではない。いつのまにか象を撃たされることになるということがいちばんの問題だと思う。

Tech Mom from Silicon Valley - Pandoraの海外配信中止とDigg炎上
http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/20070505/1178318787
それにしても、今週初めのDigg炎上の件も、米国のマスコミは「Web2.0・ユーザーコンテンツの内包する危険」みたいなことばかり書いているけれど、本当のところ、こういう著作権ロビーの横暴に対するギークの日ごろからの恨みつらみの爆発、だったんじゃないかと思うのだけど。なんたって、Diggが問題のエントリーの削除をやめると宣言した途端、炎上はあっという間に収まった、という後日談がおかしい、んだけど


そのとおりなんだけど、せいぜいDiggに銃を撃たせることで収束してしまう“恨みつらみ”など愚劣なだけでなんの価値もないよな。ガス抜きされて、けっきょく「恨みの元凶」にはいいようにあしらわれてるだけでしょ。

2007/05/13

[木鐸]   「俺の知ってる奴にこういうのがいるんだけど」

at 16:30JST
単にコピペ。

断片部 - ユウガタ - アレゴリーの使いどころ/「俺の知ってる奴にこういうのがいるんだけど」
http://fragments.g.hatena.ne.jp/Tez/20070512/p1
私の知人に、努力してよい職を得るのではなく、日々を怠惰に暮らしている奴がいる。話を聞いてみると学生時代から怠け者だったらしく、そんな奴がまともな職にありつけないのは当然である。格差とか何とか言ってるが、怠け者にはそれに相応しい待遇というものがあるのではないか。

…どうだろうか。私は馬鹿に見えたかな?
「私の知人」がいようといまいと、私の主張は愚劣である


ぼくはこういう「私の知人」話に遭遇することが多くて、そのたび頭がぐるぐる回って、
「ああ、今すぐ相手かもしくは自分の頭をかち割ったら
 ラクになれるのに…」
と思う。

のでこの文章(の続き)を読んで少しラクになった。かもしれない。

とはいえこの程度で成長できるほどぼくは佳き人間ではないので、ぼくの近くに寄ってくるときは死ぬ覚悟もないのに
「私の知人に障害者がいるんだけど、
 補助金もらって外車乗り回してウハウハしてて
 給食費も払ってないんだよプギャー!」
とか言わないでください。絞殺か撲殺かどちらかを選べるくらいのサービスはするように努力しますから。

他人はキライ。
自分をふつうの人だと思っている他人はもっとキライ。
さらに過去の記事
2009/04 (1)   2008/12 (3)   2008/11 (9)   2008/10 (10)   2008/09 (20)   2008/08 (2)   2008/07 (23)   2008/06 (16)   2008/05 (22)   2008/04 (11)   2008/03 (21)   2008/02 (20)   2008/01 (21)   2007/12 (32)   2007/11 (37)   2007/10 (46)   2007/09 (63)   2007/08 (33)   2007/07 (41)   2007/06 (81)   2007/05 (173)   2007/04 (168)   2007/03 (113)   2007/02 (123)   2007/01 (92)   2006/12 (111)   2006/11 (185)   2006/10 (20)  

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。