2007/05/25

[木鐸]   曽野綾子には貧困を見る目はないし語る資格もない

at 00:39JST
 
404 Blog Not Found:書評 - 貧困の光景
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50837563.html
少なくとも「貧困とは何か」という点に関して、著者以上に場数を踏んで来た人はまずいない


バカバカしい。
日本財団のバックアップで「バターン死の行軍はなかった!」とか例によってイデオロギーに満ちたプロパガンダを繰り返しているだけの曽野綾子に、貧困を語る資格なんてあるわけがない。彼女に流れていたお金は、
ギャンブルにおぼれる貧困層→競艇事業→日本財団
と循環してきてたんだから。ある意味、貧困を食い物にしている存在でもある。

新潟の震災で「被災地支援など甘え」と自己責任を問うたおばさんの言うことを鵜呑みにしてはいけないよ。彼女はキリスト者として物申す資格なんてない。単に、ミッション系の学校によくいる年中ヒステリー起こしてるシスターみたいに、他人に身勝手な規律を強制しているだけ。こういう人間こそが「マナーだ」「人間力だ」「品格だ」と、社会に漂う相互攻撃性を煽っている。典型的かつオリジナリティのないサンプル。

忘れてはいけないのは、
「貧困を本当に語れるのは、
 いま現在貧困のただなかにある者」
だということだ。エセ論壇でぬくぬくぬるま湯につかっている人間はそれにあてはまらない。かつて貧困につかったことすらないならなおさらだ。他人の貧困の上っ面だけを見ることは、けして自分で貧困を経験したことに代替しない。何万件見ようとも! ミラーシナプスが作動しなきゃ何も感じない。

「誰々はもっと貧しいのだから、
 がまんしなさい」
という幼稚な論理をふりまわす人間は、
「隣のおばあちゃんは死んだのだから、
 あんたも早く骨壺に入りなさい」
と言われたときなんて答えるんだろう。バカじゃないの? 誰かが不幸を嘆いたら、1万光年先でもっとひどい不幸にあえいでるエイリアンを連れてくることだってやりかねない。そんなものなんの意味もない。
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