2007/02/11

[技術系]   IE7をいかにIE6に似せて使うかの戦い

at 23:13JST
なんともひまなので、久しぶりにIE7をインストールし直して移行してみることにした。ちなみに、今まではユーザーインターフェイスの違いに耐えきれず、3回くらいIE6に戻すという敗北を喫している。

ぼくはIEがこうなってるのがいちばん好きなんだ。ララァならわかってくれるよね。わかんねーよ。
20070211iemage6.png

しかるに、IE7に移行するとデフォルトではこんなふうになってしまうのでありまして。
20070211iemage1.png

正直、このVista風のUIはなかなかなじめない。だってVistaじゃなくてXPなんだもん。だいたい、ツールバーとかを足すとこんなふうになっちゃうし。ブラウズ領域が狭くなりすぎ。
20070211iemage2.png

まず最初に、この
「メニューバーが最上段にこない」
というWindowsの原則を無視した状況をなんとかしてー!

これについてはレジストリをいじるとなんとかなる。
↓をダウンロードして適用。
ie7menubar_alwaysontop.reg

さらに、ぼくはタブブラウジングをしない! いまどき天然記念物的存在なのでタブバーも消してみる。これは通常のオプション設定から可能。コンテキストメニューのタブブラウジング項目は消えないけど…。
20070211iemage3.png

でも…
20070211iemage5.png

まだヘンなのが残ってるよ…IE7で新設されたコマンドバーだ。これも要らない!

消すときはやっぱりレジストリ。
ダウンロードして適用。
ie7commandbar_disable.reg

これでなんとか↓ここまで持ってきました。ヤッホー!
20070211iemage7.png

「ホーム」と「履歴」ボタンが無くなってしまうけれど、これは実は「進む」ボタンを押すと現れるので問題ない。
20070211iemage8.png

ね?

しかし、ここまでするとIE7に切り替える理由というのがまったく見つからないのだが…-_-;;

さらにもうひとつショッキングな事実。
c:\windows\ie7 フォルダを見ると…。
20070211iemage12.png

息を潜めて転がっているiexplore.exe。

実はこれを起動すると元のIE6とまったく同じUIのIE7が起動する…。

…。

おれのやってたことはなんだったんだ!!

※ただしリンクをクリックした際に必ず新規ウィンドウで立ち上がるという不具合がある

[雑記]   今日も露地

at 19:52JST
きのう見つけた「露地」に、また足を運んでみた。ねばって原稿書く。それなりにやる気出るな。これでプログラムも組めれば申し分ないのだろうか…ノートPC持ち歩くの嫌いなので遠慮する。

ここは内装も凝ってる。壁に、おそらく古民家の建材を寄せ木細工にしたようなパネルをはめている。他の客にも珍しいようで、携帯で写真を取る人が多い(…ぼくはこの新しい習慣は好きだ)。

いいことばかりじゃないし、人間もニガテだけど、この街はわりと好きだ。

[技術系]   BOD

at 17:14JST
帰ってきたら、またサーバがブルースクリーン状態に…。

イベントログを見るとcygwinのcronのメッセージで3時までは動作していたことを確認できたが、落ちた原因は不明。エンコード中ではあったが…。

やっぱりコンデンサーかなあ。一週間以内にもう一回落ちたら、いよいよマザーボードを取り替えよう。

[木鐸]   関東防空大演習を嗤う

at 17:02JST
萬晩報で旧信濃毎日新聞・桐生悠々という人物の表題のコラムについて触れられていた。

穴あきダムを嗤う
http://www.yorozubp.com/0702/070211.htm

なんとなく読みたくなったので検索してみたら抜粋があった。ほんとに今のインターネットは恵まれてるな…。

“違法”コピー。1933年(昭和8年)8月11日付、信濃毎日新聞社説「関東防空大演習を嗤う」。

 「将来若し敵機を、帝都の空に迎えて、撃つようなことがあったならば、それこそ、人心祖失の結果、我は或は、敵に対して和を求むるべく余儀なくされないだろうか。何ぜなら、是の時に当り我機の総動員によって、敵機を迎え撃っても、一切の敵機を撃落すこと能わず、その中の二、三のものは、自然に、我機の攻撃を免れて、帝都の上空に来り、爆弾を投下するだろうからである。そしてこの撃ち漏らした敵機の爆弾投下こそは、木造家屋の多い東京市をして、一挙に、焦土たらしめるだろうからである。如何に冷静になれ、沈着なれと言い聞かせても、又平生如何に訓練されていても、まさかの時には、恐怖の本能は如何ともすること能わずね逃げ惑う市民の狼狽目に見えるが如く、投下された爆弾が火災を起こす以外に、各所に火を失し、そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ、関東大震災当時と同様の惨状を呈するだろうことも、想像されるからである。しかも、こうした空撃は行くたびも繰り返される可能性がある」


桐生悠々はこの社説が原因で軍部の圧力を受け辞めさせられた。まあ、でもよく書いたよ。さすが信濃っ子。

で、わずか12年後にこの指摘は寸分たがわず正しいことが10万人の犠牲をはらって証明されたわけだが。
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